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知人への手紙
かつて「医療の限界」という本に一文を引用して頂くという(さりげなく自慢)
この上ない光栄&冥土の土産をゲットしておきながら、ブログにぺんぺん草をはやしている
私ですが、久しぶりに、自分の病院に通院して、私以外のドクターの診療を受けている
知人とのメールのやり取りをしていまして、その中で自分が書いた一節を
何となくここでも主張したくなったので張りつけます。
医療の限界を知ることは人間の限界を知ることなのでしょうか・・・
哲学ですねぇ・・・
以下はりつけ
(これは医者として、というより、自分が病人になった何度かの経験から
思ってることなのですが、)
決定的に重要なこと以外、話半分に聞いて、医者の発した言葉について
あまり考えない方がいいように思います。
極端な話、概ねのところの診断と、薬を貰うのと、のために
通っていると割り切った方が、自分が楽かもしれません。
それぐらい、医者によって言うことは変わりうるし、勿論それぞれの
医者はその時々の最前を尽くしているはず、にも関わらず、
しばしば後で考えると正解ではなかったり、結局何が正解か
わからないままになったりするのです。
なので、前聞いたことと話が違うんですけど、ということを伝えるのは
是非そうするべきだと思うのですが、何故違う話になったのかをあまり
深く考える必要はない、というか、あまり深く考えてると、おそらく
今後もいろんなことを言われると思うし、気疲れしてしまうのでは、と
心配になってしまうのです。
注射の時間とかも同じくで、指示を出す方が間違うこともあるし、
伝言していかれていくうちに内容がおかしくなってしまうこともあるし、
わからないことはじゃんじゃん聞くべきですが、多少の矛盾や間違いは確認のため
聞きまくるか、もしもう済んだことならスルーして頂いた方がいいように思うのです。
まるで自分の病院の不手際をイイワケしているようですが・・・(笑)
ある程度はどこの病院でも起こりうることなのです。
危険につながりうること(薬の間違いではないか、とか)については
自分でも確認したりして安全を期するべきですが、
そうでない諸々のコメントや指示については、ゆるーい気持ちで
対応するといいです。抽象的な話で恐縮ですが・・・
私も、自分や家族が病院にかかる時も、細かいところは話がおかしく感じても、
流すようにしています。
勿論、重要なポイントポイントでは譲りませんが。
卵巣腫瘍で手術した時と内膜症の治療を受けていたときは学生だったし、
いろんな先生がいういろんな言葉をいちいち気にして、泣いたり悩んだり思い詰めたり
していたものです。
が、30過ぎてからの髄膜炎での入院、うつで通院していた時は、
すっかり医者への依存度が減って、あれこれ心配なことを言われても、
そうなると決まった訳でもないし・・・と、医者の言ったことで長く悩むことは
なかったように思います。自分が医者になって仕事をしてきた中で、
どれだけ医療がええ加減なものか、というか、「医療の限界」について、
とことん思い知っていたからじゃないかと思います。これを専門外の人に強要
するのはいけないのかもしれませんが、本当は全ての患者さんに「医療の限界」
(医療の中で、全てがわかるわけではない、いつも間違わない訳ではない、
人間という小宇宙を相手に、だいたいのところで人間ができる最善、
を目指しているだけであること)を知っておいてもらいたいとも思っています。
教育委員会!
放置ブログに愚痴を書くのは大変に気が引けますが、
また先日、教育委員会発、先生(=患者さん)経由の
診断書偽造 依頼 を受けました。
今回は、確かに疾病の性質上、一ヶ月以上の要加療が見込まれたので、
(それと外来を滞らせたくない、という私の怠慢で)
診断書は発行しましたが、
やっぱりもやもやが消えません。
だって、診察日の一週間先の日付を指定して、その日から一ヶ月の
休職を、という指示(!)だったんですよー。
(前回の診断書から丁度一ヶ月単位で書類を作成して
代替教員の確保を容易にするためでしょう)
仕事が終わったら教育委員会に電話するぞ、と思いながらその場をやり過ごしましたが、
疲れ果てて気力が残っておりませんでした。
で、ココで愚痴っています。いけませんねぇ。
どこかで気合いを入れて誰かに改善を要求するべきなのだろうけど・・・
どなたか、どこに言えばより効果的か、ご意見あればお寄せください。
市の教育委員会?
市議会議員?
市長?
もっと上の人たち??
同じ日に、ちょっとお腹が張って2週間ほど休職したら以降もう来なくてよい、
病院で産休まで診断書を貰ってこい、と指示された、という(教員ではない)方もおられました。
もうすっかり治っているのに。
こちらは勿論、不可ですとお伝えした上で、職場に業務の軽減とか柔軟な対応を要求するよう、
(ムリと言われるのを承知で)お伝えしました。
その職場初の妊婦さんが発生した場合、しばしばこういう対応になることがあります。
何人もになってくると職場の方も慣れてきたりしうるのですけどね。
妊婦さんを取り巻く職場環境、まだまだ改善の余地があり過ぎで、
気が遠くなります。
今度こそ何か行動に移そうと思いつつ、忘れないうちに
取り急ぎ、グチまで。
学校の先生の病休
こんな過疎っている放置ブログに書いても仕方の無いことだと知りつつ、
ご意見のある方はお聞かせ頂けたら嬉しいなと思い
ちょっと書きます。
臨床の仕事をしておりますと、
病気で、病休を貰うための診断書を依頼される際、
気前の良い(期間長めの)診断書を要求される方に時々お目にかかります。
開腹術後、1ヶ月ぐらいの休養を指示すると、3ヶ月にして下さい、とか
切迫流産で安静をと言うと、期間は2ヶ月で書いてください、とか
(通常はせいぜい1-2週間単位でしか経過を追えないし書けないんだけれども)
切迫早産、というほどの症状も無いですよ、とお伝えしても、体がしんどいし心配なので、
産休までずーっと休めるよう診断書書いてください、とか。
私も、その方々が、本当に標準よりも心配しなければならない状況の方なら、
(習慣性流産の治療中とか、多発子宮筋腫を抱えての妊娠とか、前回早産しているとか
延々と出血が続いているとか諸々)勿論書きます。
が、どこをどう振りかざして考えてみても、
ご本人の「心配だから、しんどいから、上司にそう言われたから、長く休ませて。」という希望以外に、
長期の休業を指示するだけの根拠が無い場合、
医学的に判断するに、そのような診断書は書けません、と私は申し上げます。
但し妊婦さんに関しては、妊娠中は妊娠していないときと全く同じように働くのは無理だし、
無理をしてもしなくても、いつ具合が悪くなるかわからないので、
診断書は出さない=今後妊娠中に切迫早産などのトラブルに見舞われないことを保証する、
という意味ではありません。
症状が出たらすぐ受診ください、という話になるのですが、
「そんな状況では不安で働けません、
それに、1ヶ月単位、3ヶ月単位の病休でないと、代替要員に来てもらえません、
だから診断書を書いてください」
「いやだから今は休業を要するほどの異常も出ていないし、書けません」
「でも働き出してからまたすぐ休むと言うわけにいかないし、仕事もキツイんです、
だから診断書書いてください」の無限ループで、
外来機能が一時停止し、後に続く患者さんの待ち時間がグーーンと伸びるという事例が過去に多々・・・
そして、そのような展開になるのが、ほぼ100%、公立の小中学校の先生なのです。
結構多くの医師から似たような話を聞きます。
十数年前の血気盛んだった頃には、一体どないなっとんねんと思って、文部省にメールで尋ねたこともあります。
(管轄外です♪て感じの返事を貰ったように記憶しています)
以下学校の先生の妊娠に関してのことに話を限定します。
(それ以外の診断書で困惑することは比較的少ないため)
激しく法律に疎い私には全然わからないのですが、(自慢になりませぬ)
労働基準法 第65条
3) 使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない。
男女雇用機会均等法 第23条
事業主は、その雇用する女性労働者が前条の保健指導又は健康診査に基づく指導事項を守ることができるようにするため、勤務時間の変更、勤務の軽減等必要な措置を講じなければならない。
といった法律とか、
いわゆるひとつの 安全配慮義務と労務管理
(完全に理解していない言葉をとりあえず書いてみた上に、ひとつじゃないし・・・)
なんて概念は、
学校の先生には適応されないのでしょうか????? (んなワケないよね・・・)
そもやそも、学校の先生の仕事は、その他の仕事とは特別に違って、妊婦には耐えられないキツイもので、
それを緩和するような方策なんてものは存在しないのでしょうか?
(担任を持っている限りは仕事を軽減する、なんてことは不可能で、休むとなったらドバッと休む以外の方法は
ありません!ってことなんでしょうか。
職場としての学校現場は随分とブラックであるという話もちらほら聞きますし、
ガキ共、いやお子達相手の仕事という特殊性はあると思いますが、
少なくとも私がこの仕事に着いて以来、診断書、という接点でのみ観察してきたところによると、
かーなーり、硬直してるというか、前近代的であるというか、
一般企業における妊娠した雇用者を取り巻く現状とは違うような気がするんですけど、
私だけの感想でありましょうか。
特に、
病休は月単位、途中で元気になっても関係なし! という点と、
上司(であるたぶん校長先生とか)が、そんな中途半端な状態なら医者に言って長い診断書をもらってこい!
という命じるらしい、という点。(これって、私には、診断書を偽造してもらって来い!に聞こえる)
校長と怒鳴りあいになった、教育委員長が出てきた、なんていう話も聞く・・・
病休となれば、当然傷病手当も出るし、一旦休んだからには元気になっても延々と休むというのは、
傷病手当金の詐取に近いんではないのでしょうか・・・と思ってしまうこともあります。
穿ちすぎとも思いつつ。
今のところ、上記の現状が改善してきた気配は、私の知る限り・・・ありません。
ということで、恐らく今後も、病休の先生が代替教員の配置を考慮した期間長めの診断書を医師に“依頼”し、
私のような「理解の無い」医師は「診断書の偽造はできません」と依頼を拒否して恨まれ、
「理解のある」医師は、「学校の先生だもんねー、大変だよねー」と依頼されるままに診断書を書く、
という現状が
延々と続くのでありましょうか。
(注:病休した全ての先生がこのような依頼をするわけではありません、念のため
そして、この状況下で診断書を書いてあげる医師が、皆適当に判断しているわけでもないと思います、たぶん。)
一体学校の先生の世界って、何がどうなってこうなってるんでしょうか。
(別に非難したくて言っているわけではありません。本当になんでこうなのか、理由が知りたいのです)
私だって、大事な患者さんである妊婦さんを困らせたくて撥ね付けているわけではないし、
かといって、これって偽装だね~と内心つぶやきながら診断書を作成するような勇気もありません。
有給休暇で休むのであれば、どうぞご自由に、で何の文句も無いのですが。
ご存知の方、何かご意見をお持ちの方、経験から何かをお悟りの方がもしもいらっしゃったら、
お聞かせ頂けたら幸いです・・・
と、とりあえず書いてみてしまいましたが、
訪問者もいないであろう山奥で一人長いつぶやきをつぶやいてもなぁ。 カァカァ。
さて今晩の肴を釣りに下の川まで行くかぁ。
近況
すっかり放置されているこのブログですが、
気が向いたので、少しだけ書きます。
すっかり書く気が起こらなくなっているのは、
書くことがなくなってしまったからです。
自分が(ナイーブなことに)抱いていた医療と
世の中で考えられている医療とのあまりのギャップに
黙っていられなかったのですが、
完全にもう慣れっこになってしまい、
何を見ても、大して心が動きませんし、
少なくとも、怒る気になりません。
人間って、適応力があるもんですな。
先日見かけたキャッチコピー、
「過酷な産婦人科の現状を いま描かなければ 手遅れになると思う」
てのにも、いまですか、うははは、と思うのみで、
スルーしております。
主演女優さんも嫌いではないけど、とてもじゃないが見る気になりませんが。
久しぶりに会った他業種の友人に、大変なんだってね、て言われても、
うん、もうワタシは足を洗いつつあるけどね、と言うのみで、
以前のように相手が引くぐらいに語るようなこともなくなりました。
あとは、できることならば、西行や円空のような後半生を送りたいところですが、
なかなかそうは問屋がおろしてくれませんで、
だらだら俗っぽく生きておりますが。
先日、このブログをぜーんぶ消去してしまおうと、途中までやりかけていたのですが、
それはそれで面倒になって、また放置しています。
たかだかブログに、あれこれ感傷的に考えるのもなんですが、
わが人生と同じく、風の吹くままで行こうと思います。
意見
無罪判決以来、医療ニュースに触れないようにしている。
見たら、何か言いたくなるし、
ここに書きたくなるし、
でも周りの人に言っても、同業者でため息をつきあうか、
他業者の人にうんざりされるか、になっちゃいがちだし
ここに書いたら書いたで、ネット医師の言質を快く思っていない人から
攻撃されたら一層落ち込まないといけなくなるし・・・
と思って、書けない。ああ小心者。
ニュースに触れなければ、今日の天気とか、
趣味の世界の新商品のニュースとか、
そういう他愛もないネタで心を占めていられるので、
とっても幸せ。
さりながら、昨今また産婦人科関係のことがマスコミに
取り上げられてるみたいで、
購読してはいないけど医局においてある新聞の一面記事とか、
テレビのニュースは見ないけどたまたまつけた
FMのニュースとかで報道されてしまってるんで、
否が応でも触れてしまって、困ってる。
考えたってしょうがないことを、考えたくは無いのに。
さらに、先日またまた知人から、知人の知人の件で相談されて、
それがまた、ぁあぁ~、産婦人科医って信頼されていないのね、って
内容だったので、思いきりどんよりしている今日この頃。
自分の意見を、たとえネット上であるにしても、
さっくり述べている、述べ続けている同業者の方々は、
本当にエライと思ってしまう。
で、本日は、当たり障りのない、かつ全く実現可能性のなさそうな意見を述べておこうと思う。
日本人全員、一族に一人
(もしくは一集落に一人とか、似たような考え方の人を集めたグループに一人とか)
以上、医者になるようにする。
そして、一族の診断治療は、原則その身内医師がする。
(総合医でないといけませんな)
自分で出来そうにないことは、身内医師が他の医者を選んで、
選んだからには文句は言わない、同意できないなら別の医者を選べ、
というルールで、お互い、診療しあう。
できれば、そういうグループ内で閉じた病院を作る。
ばかばかしいけど、昔のイエ制度とかムラ制度的な医療制度を作ったら、
ちっとはサステイナブルなのではないかしらん。
身内のためなら、身を粉にしても、過労死しても働くかもしれないし、
理想を持って邁進する身内医師、の能力の限界なら、あきらめもつくんではないかいな。
もしくは、身内グループ内で処罰すると。 厳罰に処すと、医者の数が確実に減るだろうけど、
それも納得の上、ということで。
まずは、「医療被害」に遭われ、医療のあるべき姿に強い思いを抱いておられる方々が、
そういった医師、病院を作り始めて欲しい。
今は、目の前にいる医者は藪、どこか遠くに名医がいるはず、
それもたくさんいるはず、
もしくはどこか遠くに理想的なネットワークが作られているはず、
目の前のネットワークが機能していないのは中の人が悪いから、
みたいな話が多すぎる。
マクロな話しすぎると理解できないんだよ、きっと。
どこかに自分たちの求める理想があるはず、という信念を覆すには、
目に見える範囲内で現実を見ないと。
だから、ここで、身内で医療制度を完結させてみる、というのはどうか、と。
(あ、医療の質とかは、問わないということで。
お遊びに頭の中で考えてみただけなので。)
私は、自分をとりあえずは信頼してくれそうな、
身内と知り合いだけみておきたい・・というのもあるからなんだけど、だめ?



